古代の結界づくり『ホツマツタヱ』宮つくり則(みやつくりのり)門

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『ホツマツタヱ』に書かれている「みやつくりのり」は天孫ニニキネ命の代にフトマニに加えられました。定めたのは後のオオクニヌシ命です。その名を拝命したしたほど、「みやつくりのり」が大きな国づくりの礎となったことを教えてくれています。「みやつくり」は国づくりと相似形を生していたものと考えられます。その意図を知ることで、一種の国難と対峙している今に生きる私たちの家づくりに生かしたいですね。

「みやつくりのり」の門についての記述をまとめます。

お宮の門

門のことを縄文時代は”みつかき”と言っていました。「みつ」とは水、もしくは三津、美頭、瑞なのでしょうか。『中臣祓』に登場する「みづのみあらかにつかえまつりて(美頭の御舎に使え奉りて)」という文章からは、やはり「美頭」であると捉えられます。『中臣祓』がいう美頭とは皇御孫(すめみまご)のことをいっていて、この場合は天照大御神(あまてらすおおみかみ)のことを指します。”みつかき”とは「皇(すめらぎ)の門」の事を云うようです。今でいう皇居の御門ですね。

ご門の詳細

門は、一年365日を四つ(東西南北)の方位に分けて考えられています。一方位で約90日を守るということです。一方向に対して9つの門を設けています。一つの門には10日ずつ割り振られるということです。4周囲合計して全部で36か所の門に名をつけています。

南面の東から
1.アカツキのアは にのたから
2.クラヤメのアは がにやめる
3.ヒラヤメのアは がにはなれ
4.ヒノイテのアは ひのいわひ
5.ハナヤメのアは にのみやと
6.テリアレのアは なかおひれ
7.ガニナスのアは がにそこね
8.アキラカのアは にのよろし
9.ホシテルのアは にのひかり

西面の南から
1.アキラカのアは にのよろし
2.クラヤメのアは がにやめる
3.カオウルのアは にみたから
4.アカツキのアは にのたから
5.アカルキのアは にのいのち
6.アケホノのアは このたから
7.マツクラのアは がのうれひ
8.ヒルノヒのアは ににみつる
9.ツコモリのアは がにきゆる

北面の西から
1.メクルヒのアは にもめくる
2.アカルキのアは にのいのち
3.ハナヤカのアは にのみやと
4.ミナルヒのアは なかみなる
5.クラヤメのアは がにやめる
6.オホロヨのアは なかくらし
7.トマヨヒのアは がにくるし
8.アラハルのアは にのなあく
9.ヒカハクのアは がにとかめ

東面の北から
1.サカエルのアは にのさかえ
2.ヒオツルのアは がにおとる
3.ノトヤカのアは ににやすし
4.アヤウキのアは がにあやふ
5.ナレヤウのアは ににもなる
6.タソカレのアは がにやふる
7.テリヲレのアは またらゑた
8.アヒノテのアは にのたらち
9.アキラカのアは にのよろし

このようにして東西南北を守り、ウチ(中央)も守ります。

遠い昔、初代クニトコタチの子のトシノリタマメがゐくらむわたを生み出して、暦が生み出され、イサナキ・イサナミの二神がこれにヤマサ神を加えました。天孫(あめみまこ)ニニキネ命は新しいこの宮の門に、民枯れし飢えないようにヤマサ神をお祀りしました。つまり、民のための”みつかき”ということです。”みつかき”の各方位36個の「ア」もしくは「アワ」とは、門の象意を調和させて生まれるモノのことのようです。そうすることで民が枯れないようにする処方箋となっています。

”みづかき”は、皇の御門であり、民を守る御門といえます。それらは「同じ」なのですね。ワカクシマドとトヨマドとをここに守らせ、民枯れがないように見張らせたということです。年に36回の天皇祭祀が年中行事として行われたことを意味しているのかもしれません。

縄文の行政のあるべき姿

村の長が奢れば、民は貧しさに枯れが積もります。そのために仕事がはかどらず、不平不満の声をあげます。この時にうまく治めなけれ民心は天に届いて、この宮の門にいるヤマサ神に知れるところとなります。門にいるニワトリのトキの声が民の心とともに乱れるのだとオオクニヌシはいっています。

この声の乱れを知る時、民の声を君も知ることになります。宮則のフトマニをみれば方角を知ることができます。民が乱れるならばクニツコと補佐を遣わして、その司を改めて民枯れを解きます。民を生かすこのことを「からふ(枯生)」といいます。

ニワトリは、素直に民の苦しみのままに鳴き声が乱れます。鳥よりも先に民の声を知るのは鳥居にいますヤマサ神です。鳥居にはイサナキ・イサナミの二神の労りの心が宿っているのです。

ご門の構造

南の門(からふかと)柱は太さ30寸。幅3丈×高さ3丈。桁のうえ。6尺は年数に照応し、太さは月数に照応する。

もともとは初代クニトコタチ神がムの印を結んで室屋をつくって、人らしい暮らしを営む民を生みました。後にヤの印を結んで社が誕生しました。今(ニニキネ)の時代になって立派なミヤ建築ができるのです。

オオクニヌシの考えによるとこうです。
柱は根を上に、幹を下にする。棟をもって屋根となしたので葺くは”屋根”というように根という。
もし、柱に接ぎ木をするなら根のほうではなく先の方で継ぐ。
ムの印は、手を合わせるように軒から棟に向かって、下継峰と成すのである。

棟木も同じで、先で継ぐ。梁の根っこは冬。
先で継ぐべし、根は継ぐな。

庇(窓)は東南に向け、蔀戸(しとみど)は、臣が国のヲシエが守られているかを見るためにある。
戸の開け閉めで摩擦熱が生じる上を鴫居(かもい)、下を鴨居(しぎい)となす。鴫は田の鳥。戸がこすれて鳴る音は、潮の満ち干にも似ている。だから上にカモという水鳥を置いて火の鎮めと為す。鴫居・鴨居にはタツタの神がまします。

「門にもたくさんの神がいます」を現代的に生かす

このようにして、あらゆる場所に神やお守りの鳥などがいて、宮がつくられます。そうすることで民が枯れず苦しみなく、生活できるようにとの意図があったのですね。

もちろん、家や門をつくることで暮らしが守られ、日本が守られるならば是非とも行いたいですね。門とはいわば「結界(けっかい)」です。古代日本の結界のはり方を示してくれた「みやつくりのり」でした。

現代の結界づくりは、次のような要素から家を守り家族を守ります。

1.活断層との位置関係
2.地下水脈との位置関係
3.河川・海からの影響、浸水ハザード
4.高圧電線や鉄塔との位置関係
5.電信柱との位置関係
6.携帯基地局との位置関係
7.道路・鉄道との位置関係
8.方位(鬼門・裏鬼門)の関係
9.地盤の成り立ちなど
10.霊的影響

古代といわず、20年前から比べても大量の情報が行きかう現代です。復活できるところは復活させたいですね。

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